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TRESのソファに対する考え【ソファがくれた うれしい記憶、幸せな人生】

TRESのソファに対する考え
越村 武史

 

TRES THE SOFA TAILOR
私たちが創業以来守り続けているコンセプト-
それは、「美しいこと」「くつろげること」「品質の良いこと」です。

 

 

 

ソファがくれた
うれしい記憶、幸せな人生

 

掘立小屋のような工場と片隅にあったスペースにホームセンターで買ったパイプ椅子と薄い天板のテーブルを並べただけの事務所。会社の真似事のようだったスタートから18年。振り返れば、数え切れないほどのうれしいことがありました。

創業年にソファをご購入いただいたお客さまから替カバーの注文をいただいたとき。社員が結婚し子どもができて家を建てると聞いたとき。新社屋の完成や新店舗のオープン。そして、たくさんの注文をいただいたときは今でも涙が出るほどうれしいです。

でもひとつだけ、私とって特別なうれしい思い出があります。

掘立小屋時代、当時はお金も、販売先のあてさえもなかったのですが、不思議と不安は感じませんでした。結構、楽観的だったのかもしれません。くる日もくる日も、試作品の開発とイタリアから生地を輸入したり、木材を仕入れたりといったソファ製作の準備に没頭していました。

 

 

そこで問題になるのが事業資金です。国民生活金融公庫(日本政策金融公庫の前身)からお金を借り、地場の信用金庫に追加の融資をお願いしました。すると支店長に、「融資してほしいなら、1軒でいいから販売先として東京の有名店を見つけて来い」と条件をだされました。ソファづくりを続けたい一心でお盆時期に東京まで徹夜で車を走らせ、朝からショップを回りました。

そのとき、最初に訪ねたのがセンスのよいビンテージ家具やオリジナル家具を扱うインテリアショップとして注目を集めていた目黒のカーフさんでした。開店時間の10時ちょうどに約束もなく訪問したにもかかわらず、とても好意的に迎えてくださった島田社長は、私たちの話にじっと耳をかたむけ、「1カ月後に試作品をもっておいで」と言ってくださいました。

2000年9月23日。3台の試作品を送り込み、プレゼンをしました。「熱心な売り込みだったからいいソファを持ってくるなとは思っていたけれど、期待よりはるかにいいものを持ってきたね」と言っていただきました。

それから10年くらい、カーフさんには扱うソファを全部弊社のものに切り替え、たくさんのお客様に販売していただきました。右も左もわからない新米メーカーをかわいがっていただき、創業時から長く大変お世話になりました。大恩人の島田社長との出会いは運命でした。

試作品を持ち込んで1カ月後。カーフオリジナルとして完成させたソファ「STILL」がショーウインドーに展示されることになり、専務と納品に行きました。階段を5~6段上がったエントランスの横に設けられたガラス張りのスペース。見上げたSTILLのスカートがとてもセクシーで、自分たちのソファがまるで違うもののように感じました。

 

 

東京の、憧れのショップのショーウインドーで、自分たちがつくったソファがスポットライトを浴びている。向かい側にあったバス停からもSTILLがよく見えました。バスを待っていただけなのに、自然と涙があふれて止まりませんでした。

父に携帯電話で初展示の報告をしました。返ってきたのはひと言、「よかったな」。長く会社経営をしてきた父は、私にはサラリーマンでいてほしかったのだと思います。社長業は苦労が多いからと、創業には大反対。どうしてもやりたいということがわかると、私と専務を呼んで「血の小便が出るまで頑張れるか」と尋ねました。「一度旗を揚げたら、多くの人に迷惑がかかるから下すことはできないのだよ」とも言われました。そんな経緯もあり父の言葉は、短くてもたくさんの思いがこもった特別なものでした。

 

 

他界して10年近くたちますが、バス停から父に電話をしたことを忘れたことはありません。本当に涙が止まらなくて、専務に泣いているのを見られまいと困ったことも昨日のことのようです。

その後も父には事業資金や住宅ローンの保証人になってもらったり、子どもをかわいがってもらったり語り尽くせないほど世話になりました。いなくなってから親のありがたみが身に染みるこのごろです。最近、特に父のことを思い出します。してもらうことばかりで、何もしてあげられませんでした。しかし、自分も親になり子どもが自立する年頃になると、親は子に何かしてあげるだけで幸せだということがわかってきて、後悔の念にも少し言い訳ができるかなと思うようになりました。できることなら今逢って、こんな気持ちを伝えながら心からのお礼を言いたいです。

血の小便が出るまでには至りませんでしたが、人生をかけて、命を懸けて取り組めという父の教えに少しは近づけたかもしれません。今でも本気で日本一のソファをつくろうと社員と努力しています。

おかげさまで、私は幸せです。

 

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